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by fuutaro58
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2009年 11月 15日 ( 1 )

音の缶詰

少し前、NHKのスタジオパークという番組にジャズピアニストの山下洋輔が登場していた。
言わずと知れた才人。その世界の頂点を極めた人、というばかりでなく、文章を書かせても乙粋の極み。
30年前に書いた「日本冷やし中華連盟」創設にまつわるエッセイなどは抱腹絶倒。また、芸人(才人)タモリとの出会い、今はなき新宿の飲み屋「ジャックと豆の木」でのタモリ、赤塚不二夫などとの連日連夜の抱腹絶倒の粋(酔)芸などは、いまや伝説の粋に達している。

その洋輔さんが、この番組で少しばかり生演奏を披露したのだが、その後、視聴者からのメッセージに答えたくだりに僕は「はっ!」とさせられた。
視聴者のメッセージというのは「これはロックだ」というもの。発信人はロック好きの若い人なのだろうか。
ほんの一時、間が空いて「前にも言われたことがあるんです」と洋輔さんは答え、すごく嬉しい、というようなコメントをしていた。
多分これは本音であると同時に、少し苦い思いもない混ざった感想だったのではないか。

僕の「はっ!」の正体は?
多くのロックミュージシャン、そしてロックファンは「ロックとは何か」と問われた時、たいてい「反(逆・坑・骨~)の魂」などといった答え方をする。そのことに異議はない。ただ僕にはそれがあまりにも感情に流され、形ばかり先行したファッションや商業主義に流れすぎているのではないかと思ったりもする。
もちろんすばらしいロックミュージックはあまたあり、ジャニス・ジョップリン、ドアーズなど好きな歌い手、バンドもいくつもある。ただ総体としてのロックを眺めた時、やはりジャズの存在する地平とは違うのではないか、と思っていたのだ。
さらに突っ込んでしまうと、ロックの主役はボーカルである。ピンクフロイドのようなインストッルメンタルもあるにせよ、だ。歌詞は難しい。ある意味、詩、以上に。エンタテイメントに流されれば通俗的で薄っぺらなものになるし、言葉を深化させて形而上的になれば訳が分からなくなる。
そういう存在であるロックが洋輔さんのジャズとイコールなのか。

「はっ!」の続きである。
もちろんイコールであるはずがない。はずがないが、音を媒介として精神の深奥を吐き出す、という意味合いにおいてはイコールではなくてもニアリーなのではないかという思いである。

いうまでもなくジャズの真骨頂はアドリブ・即興にある。一期一会、その瞬間、その空間に発生する魂の霧のようなものを音にする作業。そしてそれを楽しみ、時におかしみ、時に悲しみ、時に怒りとして噴出させる工程。

昨夜は庄田次郎の恒例ライブ。大阪から東京に来て同棲している若いカップル、自称引きこもりの千葉の青年、川口、栃木などからやってきた4人組の青年男女。みな20代、30代と思われる。
千葉の青年はエリック・ドルフィーを最初ラップのようだと感じたそうだ。
「えつ!!!!」
そのアルト(サックス)の語りがしゃべっている様だとの言に、思わずうなずく次郎さん。そして私。
音の缶詰(レコード・CD) だって悪くない。
ラップ。今までその歌詞の幼稚さにうんざりしていた私に、少しばかり親しみを覚えさせてくれた夜だった。
(つづく)
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by fuutaro58 | 2009-11-15 16:23