弱いではなく齢、そして余猥

昨日のライブは8月特別企画雨宮拓(P)&杉沼左千雄(尺八)のデュオ。
同じフリーでも若い衆のライブと違った味わい、とでもいうのだろうか、いい味が出ていたと思う。

ラストの曲が終わった後、真っ先に声を出したのがR。
「雨宮さんの音がどんどんエロくなって行って、それに杉沼さんが合わせていって……」
「?????」
僕はといえば、田園風景を想起させるようなピアノの囀りに、尺八が夕景を被せていくような、そんなイメージが広がっていたのだ。

唖然として、しばらく後苦笑、というより漏れ出していく笑み。
人によって感じ方がこれほど違うのか。
でもそれこそが、フリーの可笑しさであり、醍醐味なんだとつくづく思った。

ピアノの雨宮拓とは30代のころの飲み友。
有能なテクニカル・ライターと聞いていたのだけれど、その彼が、実はもうひとつの顔としてフリーのジャズ・ピアニストをしていると知って、荻窪のグッドマンにライブを聴きに行った。

温厚篤実を絵に描いたような普段の雨宮が、ピアノの前で激しく乱舞していた。鍵盤に叩きつける雨宮の思いの先にあるものは……。一緒に行った居酒屋の親父Mの目に熱い汗が浮いていた。

「前とは変わっていたでしょう」
「うん」
諦観、というようなものではない。あえて恥ずかしさを忍んで言ってしまえば、”優しさ”。

雨さん、お互い長生きしようぜぃ!
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by fuutaro58 | 2009-08-16 13:56