東京台東区は谷中から石垣島へ。


by fuutaro58
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石垣日和


 11月12日、晴れ(9時15分現在)。
 東側に雲の塊が見渡せるけれど、雨雲ではない。気温28.5度。微風、波高はおよそ1.5メ-トル。微風というのは実は石垣島では珍しい。塩分を大量に含んだ風が金属をすぐ錆びさせるので、アパートのエレベーター横には管理会社の「エアコンの室外機に放水して清掃を促す」注意書きが貼られているほど。実際、買ったばかりのステンレス製の物干し竿にはもう錆が浮いている。
 今日は車の試乗に出掛ける予定。聞けば三河ナンバー(僕の故郷)の中古車らしい。なんでも石垣に来るそれは愛知のものが一番多いそうで、これも何かの縁かも。買うことになれば、錆びないよう、せいぜいメンテナンスに気をつけなければ。

 八重山はとにかくいろいろなイベント→お祭りが多い。11月1~2日には石垣島祭りがあったが、15,16日には竹富島で種取祭が開かれる。八重山屈指の大祭で、奉納芸能などイベントが盛りだくさん。毎年小さな島が、人であふれかえる。勿論すでに宿は満杯状態だろうし、行ってもどれだけ楽しめるか???、ただいま思案中。そうそうこの竹富島にまた豪華リゾートホテルができるらしい。10数年前、西表にリゾートホテル「ニラカナイ」ができたときには反対運動がかなり盛り上がったが、今度はそうした話しは聞かない。今年に入って石垣には「石垣リゾート」がオープン(一室一泊10万円の豪華コンドミニアムだそうで、コテージ風の客室はバリのそれなぞを彷彿させる)、とにかく、この10年の開発の勢いは驚くべきもので、それを新空港開港が後押しした形。
 「石垣バブル」と言ったのは知り合いの飲み屋の親父だが、別の親父は、「新空港開港以来観光客は3割り増し」。つぶれかけていた居酒屋が息を吹き返し、今や週末など「居酒屋難民」であふれかえっている状態なのだ。で、リゾートホテルの建設ラッシュ、は勿論のこと、観光客相手の新しい小洒落た店が次々オープンしている(多くは僕のような、東京大阪からの移住民が経営)。そのことの良し悪しはともかく、僕のような古い八重山ファンが、いささか寂しさを覚えるのは否めない。
 何もない、何もないことが素敵で、貧しいかもしれないが素朴で暖かで、何より豊かな八重山が消えてしまうのではないかとひそかに恐れているのだ。
 今年6月こちらに移住する際、年内には小さな店を、と思っていたのだが、ひとまずは静観のスタンスを取ることに……。ひとつには僕が希望するような物件が中々でないことがあるのだけれど、こうした浮ついた中で商売するのが今ひとつ意に染まないからだ。おかげさまで少しばかり時間的な余裕をもてるので、立地等もう一度じっくり考えてみようと思う。
 そう仕事といえば、ライターの仕事が復活するかもしれない。映画評論家の友達に、移住前一本原稿を頼まれていて、そのきっかけというか、月内に石垣市主催で3回目の映画祭が開かれると聞き及んだからだ。もうそんなに間がないというのに、ポスターさえ見かけなく、市庁舎に幟が掲げられているだけ。なんとも八重山らしい呑気さだが(こういう感覚が実は好き)、具体的な姿が見えたら取材を申し込んでみようと思っている。

 ということで後日談など近々に。
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# by fuutaro58 | 2014-11-12 14:08

石垣生活そのⅠ

前回の投稿から丸々1年と2ヶ月。
私のブログを楽しんで見てくださる少数の方々、平に平にご容赦。
石垣生活もやっと落ち着いてきましたので、これからは間延びをしない程度に刻苦勉励(死語?)いたしたいと思います。

さてその石垣島での生活ですか、遊びに行くのと、住んでみるのではやはり大違い、ということを実感しています。
たとえばお天気。といっても気候のことを話そうとしているわけではありません(もちろん内地とは大違いですが)。毎日空を眺め、雲の流れを見つめ、風向きを確かめ、ベランダから見えるリーフの際を見て波の高さを計っています。ネットでも毎日何回となく「雨雲ズームレーダー」を開き、雨雲の流れを注視したりしているのです。それは内地に比べて小さな雨雲が数多く発生するものですから、天気が急変しやすく、俗に言う、狐の嫁入り=天気雨もしばしば見かけられます。
今年は(僕が入石垣して以来)台風8号から19号まで、12の台風のうち、8つか9つが日本列島に影響を与えましたが、なぜか八重山は微妙にそれ、そのせいか西表島では水不足で、夜間給水制限が実施され(こんなことはこれまでにないこととか)石垣でも給水制限が実施されるかもしれません。
でも、正直な話、不謹慎な物言いかもしれませんが、僕たちには「ラッキー」という感じ。私自身は過去に伊勢湾台風で避難した経験もありますし、こちらの人たちから沖縄の台風のものすごさを散々聞かされていましたからホッとした、というのが偽りのない感想です。
ただ台風が発生するたびに台風情報と雨雲ズームレーダーに首っきりになり、一喜一憂し、そのついでに実はこちらとフィリピンの距離が鹿児島との距離と大差がないことを発見して、妙な感心の仕方をしたりもしていました。
台風に関してはこんなこともあります。買いだめです。スーパーから食材をはじめ、日用品が消える、とまではいいませんが品薄になります。台風が直撃すると間違いなく停電になり、それが一日二日と続くからです。そうそう、それで思い出しましたが、こちらの人は缶詰のシーチキンが大好きなようで、皆さん箱買いするのです。台風前なんかもちろん……。

石垣生活の続編はまた近々書きますので、お暇な方は見てやってください。
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# by fuutaro58 | 2014-10-31 16:28

掌(たなごころ)

 今日久々にテレビの取材が入った。
 関西テレビ製作(フジテレビ系列)で、土曜日の朝8時から放映される番組の、「ぐっさん(山口 智充)と行くならこんな店」? というコーナー。ゲストは葉加瀬太郎。葉加瀬さんは学生時代、町人によくいらしてくれていたようで、先代のママからもバイオリンを弾いてもらったことがある旨聞いてはいたのだけれど、実際生で聴くことができたのはもうけもの。さらにお土産に最新のCDまでいただき、し・あ・わ・せ。
 最後手が差し伸べられた。握手。大きくてがっしりとして、それでいて柔らかな掌。あの繊細なメロディが紡ぎだされるとは信じられないような。
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# by fuutaro58 | 2013-08-28 16:46

再出会い

 いささか旧聞に属するが、 5月の連休のはざ間をぬって八重山に行った。連休中とあって、泊まるところも行き当たりばったり。でもそれが僕にとって本来のスタイルだから、それで、どうしたというわけではないけれど、そのお陰でしばらくぶりに旅の出会いの楽しさがよみがえった。
東京の私の店と西表島を結ぶ奇跡の出会い。奇跡というのは大げさにしても、ありそうもない縁(えにし)が結ばれたことは事実。初めての黒島、十数年ぶりの宿、その名さえ知らなかった石垣島バンナ公園……。
 きわめて個人的なことであり、ちっぽけな出来事ではあるのだけれど、そうした「感動」の流れが帰ってからも引き続いて、新しい世界の到来への予感が……。ぶっちゃけて言うなら、わくわく感、のようなものが日々の生活の中に漂っているのである。

 7月14、15、16日と神戸に出かけた。それも一人で。
出発間際、連れ合いから声をかけられた。
「久しぶりじゃない、一人で出かけるの」
(ん?)「久しぶりどころじゃないよ。あんたと一緒になってから初めてだよ」
 不安と期待がない混ざったこの気分、度を越すと本当に発熱したりもした(初めてのアメリカ一人旅)、それが舞い戻ってきたのだ。

 最初の日は神戸在住のS君と痛飲。十年ぶり。二件目では彼のたぶん初めての連れ合いとも出会う。少し白髪が増えたが彼の変わらぬ暖かさ。つまらぬ行きがかりにこだわったり、衒いはもういい加減に捨てなければ、と改めて思う。
 二日目は以前店を手伝ってもらっていたY子と再会。東京で生まれた娘ももう3歳。かわいい盛りで、愛らしさがてんこ盛り。
さすがに二日続きの酒とバラの日々は体にこたえたようで、16日、帰郷してすぐに出掛けた銀座での娘もどきたちの個展、それに続く3日連続の飲み会では心底ばててしまった。

 さらに27日には埼玉県の鳩山町まで遠足(?)。 僕の大学時代の友人が主宰するNPO法人の手によるコンサート、「山崎ハコspecialコンサート」を見るためだ。
 これも不思議な縁で、6月末、たまたま自分の妄想の延長線上で、彼女のCDを初めて購入したばかりだった。もちろんハコさんのことは二十代のころから見聞きして知ってはいたのだが、ちゃんと彼女のLP・CDを聞いたこともなく、それどころか曲名すら知らなかったわけだ。それが、CD購入からまもなくコンサートを、それも地の果て、失礼、まあ、普通に考えて、その町に行くことなど一生涯ないと思っていたところまで聴きに行くことになった。そしてさらに、彼女のデビュー当時の曲に関しては印象的ではあるけれど、今となっては小娘の歌(当時十代だった)。それが今の山崎ハコを象徴するかのような、「りんご追分」(美空ひばり)「ざんげの値打ちもない」(北原ミレイ—原曲ではカットされた4番の歌詞も入っている)を熱唱してくれたのである。もちろんそれはカバーではあるのだけれど、完全にハコさんのものとして完成されたものであり、そのブルージーで魂のこめられた曲調には、56歳の円熟した女の姿がはっきりと見て取れる。
 これも間違いなく出会いなのである。再出会い、なんて言葉はないけれど、一皮も二皮も剥けた新しい人と出会うこと、これも縁(えにし)をつないだからこそ生まれたものに間違いはない。

 もう100までで生きるしかないな。
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# by fuutaro58 | 2013-07-31 15:16

妄想の連鎖

ここのところ読み進めているのがサラ・パレッキーの「V ・Iウォーショウスキー」シリーズ。このシリーズ、実は20年ほど前に何冊か読んでいたのを復活させた、という感じ。
主人公のヴィクトリアはポーランド系の移民の子。父親は元シカゴ警察の警官で(故人)母親(故人)はイタリア系。シカゴの貧しい地域に生まれ、苦学してロースクールを卒業。国選弁護人の仕事をしていたが、今はディテクティブ(私立探偵)を開業している。年齢はたぶん現在は60歳過ぎ(昨年出た最新作-シリーズ15作目--を読んでいないので推定だが)。
このシリーズの面白さはなんといっても主人公ヴィクのキャラクターに起因する。その身は決して真っ白ではないのだが(時に家宅侵入など非合法なことも平気でする)、巨悪に対して決してひるまない。そのお陰で毎回毎回、瀕死の重傷を負って奇跡的に生還するというパターンを繰り返すわけだが、その分彼女の私生活を含め、きわめてその生活のありようが精緻に活写されている。貧しく、汚く、無学で、危険な彼女の生まれた界隈にうんざりし、逃げ出しながらも、こと何かあるたびに自己嫌悪に陥りながらも戻ってきて、彼らを踏みにじる巨大な欲望(利権を貪る巨大資本や、権力)と渡り合う。時に歴史を絡めたり(赤狩りで有名なマッカーシー旋風など)民族・宗教関連の問題を追求したり(9・11以降のイスラム教徒に対する故なき迫害など)きわめて現代的な要素を取り上げてそこに内包される現代アメリカの現状を生き生きと描き出す。
本物のリベラル。しかしそれにつき物のひ弱さや、頭でっかちなところはなく(ブルーカラー出身、ということもあって?)、しかも地に足を付けて生きている姿にはらはらどきどきしながらも、どうしようもなく共感してしまうのだ。
決してさらさらと読み進めることができる様な軽い読み物ではないけれど(しかも一作一作が大長編)読み応え十分、ぜひ手に取っていただきたいシリーズだ。

そのヴィクの恋人モレルは戦場ライター。「ハード・タイム」で知り合い、「ビター・メモリー」でアフガン取材に出かけ、「ウィンディ・ストリート」で負傷して帰ってくるのだが、彼のことが頭に浮かんだ瞬間、最近見た「NHKスペシャル 沢木耕太郎推理ドキュメント 運命の一枚 ~”戦場”写真 最大のなぞに挑む」に思いが馳せた。
戦場カメラマンロバート・キャパのスペイン戦争におけるピューリッツァ賞受賞作品「崩れ落ちる兵士」について、ノンフィクション作家沢木耕太郎氏の20年にわたる取材とNHKのCGなど最新技術を駆使した推理で、実はこの写真、彼の近くにいた恋人であり戦場カメラマンのゲルタ・タローが撮影したものではないかという話だ。
そしてまた、アメリカ人写真家ロバート・キャパという存在そのものが実は、ハンガリー人の「アンドレ・フリードマン」とドイツ人女性「ゲルダ・タロー(本名ポホリレ)」が創造した架空の人物ではないかという推理にたどり着く。
そしてまた最近NHKアーカイブスで再放送された「NHK特集 カメラマン サワダの戦争」で取り上げられたベトナム戦争とカメラマン沢田教一の映像へと思いは飛翔する。

「とりとめもない妄想の連鎖を取り上げてどうするのか」と人に問われれば、「埒もないことです」、と言う他ないが、人が生きる時間と空間とはなんだろう、というとりとめもなく、あてどもない自問が胸のうちに去来する。

生と死が背中合わせな時空を自ら選択して日常化された非日常を生きる彼らと私たちの違いといえば、実は「死」に対する、あるいは生に対する思いにいささかの違いがあるに過ぎない。にもかかわらず何がしかの憧憬?を彼ら(ヴィクを含め)に向けてしまうわが心のありようを訝しむ。
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# by fuutaro58 | 2013-04-03 16:20