東京台東区は谷中から石垣島へ。


by fuutaro58
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眼下の敵

今、1957年製作のアメリカ・西ドイツ映画、「眼下の敵」がBSプレミアムで上映されている。たぶん最初に見たのは‘70年前後、池袋の文芸座、もしくは新宿小田急ハルクの裏にあった新宿パレスのどちらかだと思う。このころはいずれの映画館でも3本立てで100円。渋谷にあった全線座ともども、予備校時代は毎週水曜日には(試験があって、午後からは休みだった)必ずいずれかに足を運んでいた。
それはともあれ、この映画が僕にとって忘れられないのは名優クルト・ユルゲンスとの最初の出会いであったこと、さらに、アメリカ映画でありがちな善玉アメリカ軍、悪玉ドイツ軍という公式?を打ち破り、さらにさらに、群像劇でありながら、駆逐艦(艦長ロバート・ミッチャム)対潜水艦=Uボート(艦長クルト・ユルゲンス)の知略を尽くし戦いであることだ。「命をかけたスポーツ」と言ったら言い過ぎか。ヨーロッパの騎士道精神をも窺わせるこの映画の作り方に魅了されたのだ。

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by fuutaro58 | 2017-05-22 14:23

べろべろの神様

昨日石垣は突然の激しい雷雨と竜巻に襲われた。幸いにも被害はなかったようだけれど、午後4時前から島にぴったりかぶさるような雷雲が2時間近くに渡って覆い、激しい稲光と雷鳴が連続、連れ合いの怖がるまいことか……。で、安心させるために寄り添って四方山話を始めた。そうこうするうち、何かのきっかけで僕の親父が酒席で、面白い俗謡のようなものを謡っていたことを思い出した。
「べろべろの~神様が、正直~な神様が……」

それは今から50数年以上前のことで当時私は小学生。親父は高校の教師をしており、教え子の卒業生がおりに触れて家を訪ねてくれていた。その時ではなかったかと思うのだけれど、普段しか爪らしい顔をして、とにかくおっかなかった彼がそのときばかりは満面の笑み、相好を崩しながら謡っていたのだ。で、この謡には振りが入る。割り箸を中ほどから折り曲げ、その一端を両掌で挟み、歌詞に合わせながら前後へと擦るのだ。そして謡が終わったとき、割り箸のもう一端が向いた先にいた人が杯を重ねることになる。
たぶん、田舎のごく一部の酒席で謡われていたものだとは思ったけれど、連れもひどく面白がって、ipを取り出して調べ始めた。するとどうだろう、この謡、元は京都のお座敷芸で、今でも土佐あたりのお座敷で盛んに? 謡われているとのこと。
私自身はあまり大人数の酒席というのは好きではなく、学生時代に一度か二度歌ったかどうか。
でも考えてみれば、この謡、意外に現代の酒席でも役に立ちそうに思って紹介してみることにしました。

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by fuutaro58 | 2015-07-28 16:26
ギリシャとユーロの関係、まだまだ予断は許さないけれど、この一連の騒動の中で、際立ったのがチプラス首相の舌を巻くほどのしたたかさ、有能さだ。ユーロからの緊縮財政要求と、ギリシャ国民の反緊縮策への渇望という板ばさみの中、今年の1月に首相に就任した彼は、ユーロからの要求を断固とした態度ではねつけて国民投票を実施、大方の予想を裏切って圧倒的多数の支持を取り付けると、今度は一転新たな改革案をユーロ側に提出、どうやらこれがユーロ側からも受けいられそうなのだ。つまり一見どうにもならないような二律背反的な状況を一挙にアウフヘーベン(止揚)してしまったのだ。
改めて彼の経歴を調べてみると、10代半ばでギリシャ共産党に入党、大学卒業後2006年アテネ市長選挙に立候補、落選したものの、2009年ギリシャ議会選挙に初当選。急進左派連合の党首となり、2012年の選挙では同党を一躍議会第2党に躍進させ、今年の選挙で「反財政緊縮策」を公約に掲げて見事第1党となり……。

アントニオ・バンデラス(スペインの俳優 別名赤の魔術師とも呼ばれる巨匠ペドロ・アルモドバルに見出され「神経衰弱ぎりぎりの女たち」でデビュー)、を彷彿とさせるような風貌と、エネルギッシュな行動力。聞けばチプラスさん、正式な結婚はしていないが、同棲相手の女性との間に子供が二人いて、そのうちの一人のミドルネームに彼の敬愛するキューバの革命家、エルネスト・チェ・ゲバラのエルネストをつけていられるとのこと。最近タバコをチェ・レッド(なんとルクセンブルグ産でキューバの葉を混ぜてある)に替えたばかりの僕にとっては胸くすぐられる思いがする(なんのこっちゃ)。

政治的な場で”歩み寄り”というと、妥協に妥協を重ねて、というイメージが圧倒的だけれど、こんなやり方もあるんだ、と思わせてもらえたのは近年にない収穫。ポピュリズムに陥らずに人々の心をがっしりとつかむ。その手法に拍手、拍手。

振り返ってみるに、今の一見救いがたいような日本の政治の現況は、民主党のあきれ返るほどの無知、無策、無責任にあるといってかまわないと思う。たとえば沖縄の辺野古の問題。民主党は県外移設を公約に掲げていたにもかかわらず、ふたを開けてみればその舌の根も乾かないうちに、「やっぱり無理でした」。それはないだろう。辺野古の問題のような100年先の未来をイメージするような課題を小手先の戦術で何とかしようとすれば無理があるに決まっているわけで、少なくとも具体的な形で普天間基地の行く先を提案するような努力を粘り強く続けるべきだったと思う。政治家をやめてから辺野古を訪れても遅いんだよ、鳩山さん。

台風一過のここ石垣。一見穏やかなコバルトグリーンの海にも、自衛隊の監視所が設けられるという。そして宮古ではそれを招致しようとする動きさえ。与那国に続いて石垣、宮古。少なくともそれが八重山の人々を守るためにあるのではないことだけは確かだ。八重山の皆さん、ちっぽけな経済効果の代償にヤマトの捨石にされてはならない。
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by fuutaro58 | 2015-07-11 15:27

行ってきます。

e0167681_11331877.jpg去年の今日、石垣に引っ越してきました。で、これから記念に(?)小浜島のはいむるぶしに行ってきます。部屋はオーシャンビューで、ハンモックもあるらしいので、今日、明日、ゆっくり、のんびりしてきます。天気もこのとおり。
今年の梅雨は入って3日ほどはそれらしい天気でしたが、最後の夜、夜半に雷と大雨が降った後はほとんど雨らしい雨はなし。
もう梅雨明けと言ってもいいんじゃないかな、気象庁さん?
この1年間、いろいろありましたが、相方は無事就職。僕自身はというと、店のほうは、焦らずじっくり……、今は書くほうに少しずつ取り掛かり始めたところです。
ブログもできる限り更新して行こうと思っていますのでよろしく。
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by fuutaro58 | 2015-06-08 11:55

2014年最後の夏?

 人間は失敗する生き物である。*1 失敗を経験値として昇華し、その後の人生に生かすことが大切だ。*2 それを生かすことができないことを、愚かと呼ぶ。*3 しかしその愚かさこそが人間であるとも言える。

 11月28日東京から友人のGが来島。前日の大雨のお陰で、しばらく続いていた夜間断水も解除され、一息ついたところで8番街の居喰屋(居酒屋)『迷亭』で痛飲する。翌29日気温29度、快晴。Gがバスで拙宅までやってきて、3人で初ドライブに出発。最初の目的地は川平。このコースは以前自転車で途中までツーリングしたことがあるので、道に迷うことはない。ユイロード(県道39号)に入ってひたすらまっすぐ直進すれば良いのだ。予定どうりその?道を右折、『ホテルアビアンバナ』の前を通って直進する。
 車は市街地を抜け、畑が広がる田舎道を進んでいく。やがて牧草地に出て……。
 何か変だ。どんどん山の中に入っていく。ユイロードは途中海岸線に出て、海ノ中道を通り、川平に向かうはず。それが草ぼうぼうの舗装されていない道を突き進み、やがて、前に進む道が消えてしまったのだ。*1 
 不安というぞうり虫がいや増しに増殖していく、《航海、後悔、更改》。 何しろ運転手は少し紅葉の入った若葉マークのわが連れ合い。車はなるべく舗装されて広そうな道を探しながら右往左往。小生は冷静さを装いつつ「うんそのまままっすぐ進めば良いんじゃないかな」「そこはだめだ」「誰か人がいないかなあ~~」……。助手席のGは笑いをかみ殺していたらしいが、やがて大爆笑。
 そうこうするうち、【←バンナ公園】の標識を見つけた。「あっバンナだ。て、いうことはこのまままっすぐに行けば聖紫花橋に出るよ」。石垣ダムにかかるその橋を左に見つつバンナ公園北口を通り抜ける。《ということはこのまま道なりに行けば『やいまー村』に通じる名蔵に出るはず》*2 そうこうするうちに、やっとというか、何とかというのか、車はそれぞれの思いを乗せて川平に。《ハラホレヒレハレェ~》。

 車を『石垣シーサイドホテル』の駐車場に入れ、底地(すくち)ビーチに向かう。見渡せば広いビーチにホテルの客と思われる水着姿の若い男女が数名と監視員、それにわれわれを加えても10人ほどしか見当たらない。「先に海に入っているよ」というGを残してわれわれは水分補給にホテルに向かう。僕はオヤジらしく缶ビールを片手に海岸沿いに建てられた茅屋(→休憩所のような所で円形のカウンターがあり、オンシーズンには飲み物も出せるようになっている。)で一休み。
 しかしそれにしても泳いでいるはずのGの姿が見えない。水着姿の女性が連れ合いに、Gが海岸の右手にいたと話している。やがて監視員が心配してやってきて双眼鏡を覗いている。私はといえば、《もし何かあったら彼女の夫君になんと謝れば良いのか》などと益体もない妄想に駆られ、体を伸ばして水際から沖まで目を凝らしていた。
 「あっ!見えた」。監視員の声。案ずるより生むが安し、ではあるけれど、事前にもっと打ち合わせをしておくべきだったと反省。*1 そろそろ場所を変えようということで次の目的地米原キャンプ場に向かった。

e0167681_16455629.jpg 米原。キャンプ場と名がつくだけあってこの季節にも大きなテントが数張り。長期滞在らしく、簡易のテーブルなど、それなりの設備がしっかり設えられている。海岸に向かうと沖合いに白く大きな船が投錨中。どうやら海上保安庁の巡視船らしく、この海の先に尖閣列島があることをいやおうなく思い出させられる。西表の海岸沿いほどではないが、簡体字で書かれた空のペットボトルが数点。その中に『上海』の文字が。好戦派慎ちゃんの残滓がこんなところにも。
 僕は砂浜にブルーシートを敷いて、お留守番。女たち二人は嬉々として海へ。米原は底地以上に閑散としていて、母娘連れが一組とキャンパーらしい青年がひとり、水着姿の白人カップルが一組通りすがっただけだ。 「Hey!」彼らになんとなく声をかけ、聞くともなく聞くと、フランスからのツーリストらしい。かの国の第2(第3?)次ジャポニズムは本物のようだ。そんなこんなしながら、潮に流されて船体を左右に振る巡視船を眺め、潮騒を聞いているうちに二人が海から上がってきた。
 「うつぼに牙をむかれたよ」「ダツ(鬼カマス)が向かってきて怖くなって逃げた~」「こんな(手を広げて)ブダイがうろうろしていたよ」などキャッキャ言いながら喋り捲っている。僕はそろそろ行かなくちゃ、と二人を促し、最後の目的地『フォルスターレ・ウーノ』に向かった。

 語感からわかるようにそこはイタリアン・レストラン。森の隠れ家的なレストランらしく、実際、地図を見てもさっぱりわからない。目印らしいものは県道沿いにあるようなのだが、その先途中から道がなくなっているのだ。ともあれ出発。おしゃべりに夢中な女子二人の声を子守唄に転寝。気がつくと左手に平久保岬が見える。もう伊原間(いばるま)が目と鼻の先、慌てて取って返したのだが、今度は行き過ぎ、目印のひとつ公民館前で、じっくり検討、のろのろ車を走らせると、左手に小さなブルーの看板。一同歓声を上げて左折した。
 ところがやはり途中から未舗装の道に入ったり、舗装道に出たり悪路の連続。Gはわけのわからない地図に首っきりで、車が右折したところで、「ちょっと待って」。「今のところまっすぐだと思う」。
 彼女が言うところは一応轍があるが、土くれのてっぺんに親父の禿頭みたいに草がちょろっと生えているようなところ。「違うんじゃない?」と言ってみたものの、「いやここだと思う」というGの言葉に促されて、ハンドルを切ると、おおそこはサンクチュアリ。『フォレスターレ・ウーノ』の言葉に偽りのない、聖域がすくっと立っていた。「やったー」の歓声に応えるように「すみませ~ん」という奥さんらしき人の声。
 奥さん手作りの漆器の皿、グラスに盛られた料理や飲み物は文句なしの逸品だった。
 ギャラリーになっている2階の作品を見せてもらい、だんなさんにお話をお聞きしているうち、ふと気がつくと外は薄闇が忍び寄ってきていた。慌てて彼女たちを促し、勘定を済ませ、宵闇迫るラビリンスに飛び出した。禿頭を越えて車は右にハンドルを切る。「あれ、真っ直ぐじゃなかった?」。このとき、《一度店に戻って、ご主人に道を確かめたほうが良いんじゃないか?》、天の声が囁きかけたが、結局口には出さず、車は冥界に泳ぎ出してしまった*3。それから十数分、車は人ン家に嵌り込んだり、道といえないような場所に踏み込んだりと悪戦苦闘の連続。人家はあるのだけれど、灯りがついていず、道を尋ねようにも尋ねられない。《本物の負暗、婦庵、不安》に駆られ始めたとき、前方に人の影。慌てて近づいて「すいませ~ん。道に迷っちゃって」と、声をかけた。おじい「どこにいくんさー」、「県道に出たいのですぅ~」、「すぐそこさ~」。
 わずか数秒で県道へ。《しっかしあのおじい、年喰ったキジムナーかなぁ~》なんて思いつつ伊原間から我が家へと漆黒の闇の中、車を走らせたのだ。
 「しっかし、面白かったねぇ」とはGの声。「もう大丈夫だからねぇ~」とは連れ合い。おいらは《何言ってやんでぇ》と心で嘯きつつ、思うのは今日来るはずの荷、『山崎シングルモルト リミテッド エディション』と『バランタイン17年グレントファーズエディション』のことばかり。

 実はこの原稿を書いている今は12月2日。でも、初校? を書いたのは昨日。なんとこの量ばっさり消してしまったのです。*1*2*3
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by fuutaro58 | 2014-12-03 21:38

石垣日和


 11月12日、晴れ(9時15分現在)。
 東側に雲の塊が見渡せるけれど、雨雲ではない。気温28.5度。微風、波高はおよそ1.5メ-トル。微風というのは実は石垣島では珍しい。塩分を大量に含んだ風が金属をすぐ錆びさせるので、アパートのエレベーター横には管理会社の「エアコンの室外機に放水して清掃を促す」注意書きが貼られているほど。実際、買ったばかりのステンレス製の物干し竿にはもう錆が浮いている。
 今日は車の試乗に出掛ける予定。聞けば三河ナンバー(僕の故郷)の中古車らしい。なんでも石垣に来るそれは愛知のものが一番多いそうで、これも何かの縁かも。買うことになれば、錆びないよう、せいぜいメンテナンスに気をつけなければ。

 八重山はとにかくいろいろなイベント→お祭りが多い。11月1~2日には石垣島祭りがあったが、15,16日には竹富島で種取祭が開かれる。八重山屈指の大祭で、奉納芸能などイベントが盛りだくさん。毎年小さな島が、人であふれかえる。勿論すでに宿は満杯状態だろうし、行ってもどれだけ楽しめるか???、ただいま思案中。そうそうこの竹富島にまた豪華リゾートホテルができるらしい。10数年前、西表にリゾートホテル「ニラカナイ」ができたときには反対運動がかなり盛り上がったが、今度はそうした話しは聞かない。今年に入って石垣には「石垣リゾート」がオープン(一室一泊10万円の豪華コンドミニアムだそうで、コテージ風の客室はバリのそれなぞを彷彿させる)、とにかく、この10年の開発の勢いは驚くべきもので、それを新空港開港が後押しした形。
 「石垣バブル」と言ったのは知り合いの飲み屋の親父だが、別の親父は、「新空港開港以来観光客は3割り増し」。つぶれかけていた居酒屋が息を吹き返し、今や週末など「居酒屋難民」であふれかえっている状態なのだ。で、リゾートホテルの建設ラッシュ、は勿論のこと、観光客相手の新しい小洒落た店が次々オープンしている(多くは僕のような、東京大阪からの移住民が経営)。そのことの良し悪しはともかく、僕のような古い八重山ファンが、いささか寂しさを覚えるのは否めない。
 何もない、何もないことが素敵で、貧しいかもしれないが素朴で暖かで、何より豊かな八重山が消えてしまうのではないかとひそかに恐れているのだ。
 今年6月こちらに移住する際、年内には小さな店を、と思っていたのだが、ひとまずは静観のスタンスを取ることに……。ひとつには僕が希望するような物件が中々でないことがあるのだけれど、こうした浮ついた中で商売するのが今ひとつ意に染まないからだ。おかげさまで少しばかり時間的な余裕をもてるので、立地等もう一度じっくり考えてみようと思う。
 そう仕事といえば、ライターの仕事が復活するかもしれない。映画評論家の友達に、移住前一本原稿を頼まれていて、そのきっかけというか、月内に石垣市主催で3回目の映画祭が開かれると聞き及んだからだ。もうそんなに間がないというのに、ポスターさえ見かけなく、市庁舎に幟が掲げられているだけ。なんとも八重山らしい呑気さだが(こういう感覚が実は好き)、具体的な姿が見えたら取材を申し込んでみようと思っている。

 ということで後日談など近々に。
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by fuutaro58 | 2014-11-12 14:08

石垣生活そのⅠ

前回の投稿から丸々1年と2ヶ月。
私のブログを楽しんで見てくださる少数の方々、平に平にご容赦。
石垣生活もやっと落ち着いてきましたので、これからは間延びをしない程度に刻苦勉励(死語?)いたしたいと思います。

さてその石垣島での生活ですか、遊びに行くのと、住んでみるのではやはり大違い、ということを実感しています。
たとえばお天気。といっても気候のことを話そうとしているわけではありません(もちろん内地とは大違いですが)。毎日空を眺め、雲の流れを見つめ、風向きを確かめ、ベランダから見えるリーフの際を見て波の高さを計っています。ネットでも毎日何回となく「雨雲ズームレーダー」を開き、雨雲の流れを注視したりしているのです。それは内地に比べて小さな雨雲が数多く発生するものですから、天気が急変しやすく、俗に言う、狐の嫁入り=天気雨もしばしば見かけられます。
今年は(僕が入石垣して以来)台風8号から19号まで、12の台風のうち、8つか9つが日本列島に影響を与えましたが、なぜか八重山は微妙にそれ、そのせいか西表島では水不足で、夜間給水制限が実施され(こんなことはこれまでにないこととか)石垣でも給水制限が実施されるかもしれません。
でも、正直な話、不謹慎な物言いかもしれませんが、僕たちには「ラッキー」という感じ。私自身は過去に伊勢湾台風で避難した経験もありますし、こちらの人たちから沖縄の台風のものすごさを散々聞かされていましたからホッとした、というのが偽りのない感想です。
ただ台風が発生するたびに台風情報と雨雲ズームレーダーに首っきりになり、一喜一憂し、そのついでに実はこちらとフィリピンの距離が鹿児島との距離と大差がないことを発見して、妙な感心の仕方をしたりもしていました。
台風に関してはこんなこともあります。買いだめです。スーパーから食材をはじめ、日用品が消える、とまではいいませんが品薄になります。台風が直撃すると間違いなく停電になり、それが一日二日と続くからです。そうそう、それで思い出しましたが、こちらの人は缶詰のシーチキンが大好きなようで、皆さん箱買いするのです。台風前なんかもちろん……。

石垣生活の続編はまた近々書きますので、お暇な方は見てやってください。
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by fuutaro58 | 2014-10-31 16:28

掌(たなごころ)

 今日久々にテレビの取材が入った。
 関西テレビ製作(フジテレビ系列)で、土曜日の朝8時から放映される番組の、「ぐっさん(山口 智充)と行くならこんな店」? というコーナー。ゲストは葉加瀬太郎。葉加瀬さんは学生時代、町人によくいらしてくれていたようで、先代のママからもバイオリンを弾いてもらったことがある旨聞いてはいたのだけれど、実際生で聴くことができたのはもうけもの。さらにお土産に最新のCDまでいただき、し・あ・わ・せ。
 最後手が差し伸べられた。握手。大きくてがっしりとして、それでいて柔らかな掌。あの繊細なメロディが紡ぎだされるとは信じられないような。
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by fuutaro58 | 2013-08-28 16:46

再出会い

 いささか旧聞に属するが、 5月の連休のはざ間をぬって八重山に行った。連休中とあって、泊まるところも行き当たりばったり。でもそれが僕にとって本来のスタイルだから、それで、どうしたというわけではないけれど、そのお陰でしばらくぶりに旅の出会いの楽しさがよみがえった。
東京の私の店と西表島を結ぶ奇跡の出会い。奇跡というのは大げさにしても、ありそうもない縁(えにし)が結ばれたことは事実。初めての黒島、十数年ぶりの宿、その名さえ知らなかった石垣島バンナ公園……。
 きわめて個人的なことであり、ちっぽけな出来事ではあるのだけれど、そうした「感動」の流れが帰ってからも引き続いて、新しい世界の到来への予感が……。ぶっちゃけて言うなら、わくわく感、のようなものが日々の生活の中に漂っているのである。

 7月14、15、16日と神戸に出かけた。それも一人で。
出発間際、連れ合いから声をかけられた。
「久しぶりじゃない、一人で出かけるの」
(ん?)「久しぶりどころじゃないよ。あんたと一緒になってから初めてだよ」
 不安と期待がない混ざったこの気分、度を越すと本当に発熱したりもした(初めてのアメリカ一人旅)、それが舞い戻ってきたのだ。

 最初の日は神戸在住のS君と痛飲。十年ぶり。二件目では彼のたぶん初めての連れ合いとも出会う。少し白髪が増えたが彼の変わらぬ暖かさ。つまらぬ行きがかりにこだわったり、衒いはもういい加減に捨てなければ、と改めて思う。
 二日目は以前店を手伝ってもらっていたY子と再会。東京で生まれた娘ももう3歳。かわいい盛りで、愛らしさがてんこ盛り。
さすがに二日続きの酒とバラの日々は体にこたえたようで、16日、帰郷してすぐに出掛けた銀座での娘もどきたちの個展、それに続く3日連続の飲み会では心底ばててしまった。

 さらに27日には埼玉県の鳩山町まで遠足(?)。 僕の大学時代の友人が主宰するNPO法人の手によるコンサート、「山崎ハコspecialコンサート」を見るためだ。
 これも不思議な縁で、6月末、たまたま自分の妄想の延長線上で、彼女のCDを初めて購入したばかりだった。もちろんハコさんのことは二十代のころから見聞きして知ってはいたのだが、ちゃんと彼女のLP・CDを聞いたこともなく、それどころか曲名すら知らなかったわけだ。それが、CD購入からまもなくコンサートを、それも地の果て、失礼、まあ、普通に考えて、その町に行くことなど一生涯ないと思っていたところまで聴きに行くことになった。そしてさらに、彼女のデビュー当時の曲に関しては印象的ではあるけれど、今となっては小娘の歌(当時十代だった)。それが今の山崎ハコを象徴するかのような、「りんご追分」(美空ひばり)「ざんげの値打ちもない」(北原ミレイ—原曲ではカットされた4番の歌詞も入っている)を熱唱してくれたのである。もちろんそれはカバーではあるのだけれど、完全にハコさんのものとして完成されたものであり、そのブルージーで魂のこめられた曲調には、56歳の円熟した女の姿がはっきりと見て取れる。
 これも間違いなく出会いなのである。再出会い、なんて言葉はないけれど、一皮も二皮も剥けた新しい人と出会うこと、これも縁(えにし)をつないだからこそ生まれたものに間違いはない。

 もう100までで生きるしかないな。
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by fuutaro58 | 2013-07-31 15:16

妄想の連鎖

ここのところ読み進めているのがサラ・パレッキーの「V ・Iウォーショウスキー」シリーズ。このシリーズ、実は20年ほど前に何冊か読んでいたのを復活させた、という感じ。
主人公のヴィクトリアはポーランド系の移民の子。父親は元シカゴ警察の警官で(故人)母親(故人)はイタリア系。シカゴの貧しい地域に生まれ、苦学してロースクールを卒業。国選弁護人の仕事をしていたが、今はディテクティブ(私立探偵)を開業している。年齢はたぶん現在は60歳過ぎ(昨年出た最新作-シリーズ15作目--を読んでいないので推定だが)。
このシリーズの面白さはなんといっても主人公ヴィクのキャラクターに起因する。その身は決して真っ白ではないのだが(時に家宅侵入など非合法なことも平気でする)、巨悪に対して決してひるまない。そのお陰で毎回毎回、瀕死の重傷を負って奇跡的に生還するというパターンを繰り返すわけだが、その分彼女の私生活を含め、きわめてその生活のありようが精緻に活写されている。貧しく、汚く、無学で、危険な彼女の生まれた界隈にうんざりし、逃げ出しながらも、こと何かあるたびに自己嫌悪に陥りながらも戻ってきて、彼らを踏みにじる巨大な欲望(利権を貪る巨大資本や、権力)と渡り合う。時に歴史を絡めたり(赤狩りで有名なマッカーシー旋風など)民族・宗教関連の問題を追求したり(9・11以降のイスラム教徒に対する故なき迫害など)きわめて現代的な要素を取り上げてそこに内包される現代アメリカの現状を生き生きと描き出す。
本物のリベラル。しかしそれにつき物のひ弱さや、頭でっかちなところはなく(ブルーカラー出身、ということもあって?)、しかも地に足を付けて生きている姿にはらはらどきどきしながらも、どうしようもなく共感してしまうのだ。
決してさらさらと読み進めることができる様な軽い読み物ではないけれど(しかも一作一作が大長編)読み応え十分、ぜひ手に取っていただきたいシリーズだ。

そのヴィクの恋人モレルは戦場ライター。「ハード・タイム」で知り合い、「ビター・メモリー」でアフガン取材に出かけ、「ウィンディ・ストリート」で負傷して帰ってくるのだが、彼のことが頭に浮かんだ瞬間、最近見た「NHKスペシャル 沢木耕太郎推理ドキュメント 運命の一枚 ~”戦場”写真 最大のなぞに挑む」に思いが馳せた。
戦場カメラマンロバート・キャパのスペイン戦争におけるピューリッツァ賞受賞作品「崩れ落ちる兵士」について、ノンフィクション作家沢木耕太郎氏の20年にわたる取材とNHKのCGなど最新技術を駆使した推理で、実はこの写真、彼の近くにいた恋人であり戦場カメラマンのゲルタ・タローが撮影したものではないかという話だ。
そしてまた、アメリカ人写真家ロバート・キャパという存在そのものが実は、ハンガリー人の「アンドレ・フリードマン」とドイツ人女性「ゲルダ・タロー(本名ポホリレ)」が創造した架空の人物ではないかという推理にたどり着く。
そしてまた最近NHKアーカイブスで再放送された「NHK特集 カメラマン サワダの戦争」で取り上げられたベトナム戦争とカメラマン沢田教一の映像へと思いは飛翔する。

「とりとめもない妄想の連鎖を取り上げてどうするのか」と人に問われれば、「埒もないことです」、と言う他ないが、人が生きる時間と空間とはなんだろう、というとりとめもなく、あてどもない自問が胸のうちに去来する。

生と死が背中合わせな時空を自ら選択して日常化された非日常を生きる彼らと私たちの違いといえば、実は「死」に対する、あるいは生に対する思いにいささかの違いがあるに過ぎない。にもかかわらず何がしかの憧憬?を彼ら(ヴィクを含め)に向けてしまうわが心のありようを訝しむ。
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by fuutaro58 | 2013-04-03 16:20