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東京台東区は谷中から石垣島へ。


by fuutaro58
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徒然なるままに

☆死の重さについて

秩父の横瀬町というところにある友人宅を訪なって昨日帰郷した。
旅の道連れは妻と友人夫婦、それに店のお客さんでもある友人。らしい(もちろんいい意味で)蕎麦屋での昼餉に始まって夜半まで飲み明かす。その合間に散歩をし、およそ8年ぶりのマージャンに興じたりもした。10代から60代(私)まで各年代そろっての食事とゲームというのは現代では家族の間でもあまり見かける光景ではないと思う。少し誇らしく思う。
散歩というのは名目で、タバコが切れた僕にみなが付き合ってくれたもの。友人宅は山を切り開いた醸成地の突き当たりにある傾斜地。車が通れる道は山肌を切り開いたものが一本あるきりで、歩いて商店まで行き着くにはあまりにも遠回り。そこで近道(?)として獣道を行くわけで、散歩というより小規模なトレッキングを思わせるコースだった。
途中、先頭を行く友人が地面を指して何事か話し始めた。見れば狸の死骸が横たわっている。死後1週間程度か。市街地に程近い場所で、野生動物と共存している生活のありようを物語っている。そこで想起したのが震災でいまだ発見されていない亡骸。そして友人宅に無数に転がっている虫たちのそれ。不遜を承知で敢えて言葉にすれば本来ある”死”の日常性ということ。もちろん虫や狸のそれと人間の亡骸は同一の価値の元で語られるものではない。しかし死、というより”死体”がタブー視される現代日本の文化にあって、路傍の狢の死が語りかけてくるものは少なくないような気がする。

☆最近あきれたこと

「人生はスタイルだ」と言い放ったのは今は亡きブコウスキー。
スタイルというのはもちろん”格好をつける”という言葉とは極北の地にある。
ある宵、お客さんと都知事選挙の結果について語ったことがあった。政治向きの話は酒席には向かない話ではあることは勿論だが、行きがかり上ちょっと引けなくなってしまった。
「石原さんが何をやってきたの? オリンピックの招致の失敗、新銀行東京の破綻の問題、築地の河岸の移転問題。すべてが失政じゃないの」
「彼には指導力がある……」
彼にそのイメージがあることは確かだろう。
じゃあ指導力って何?
普通に考えればある明確なビジョンがあって(思想と言い換えてもいい)それに基づいて具体的な施策を掲げ、それを実行に移す行動力と方法論を持ち合わせていること、だよな。
では石原氏のビジョンとは何か。想像するだにそれは「強い日本を作ること」だと思う。
強い日本とは具体的に何か。勿論軍事力の増強、というようなこともあるだろうが、より現実的に言えば経済の再生ということだろう。で、とった施策がオリンピックに銀行というわけだ。
しかしことの良し悪しは別として、決定的に欠如しているのは先見性だ。オリンピックに関して言えば、その落選の大きな要因は都民の指示がなかったこと、そしてオリンピックを今東京で開くことの意味合いにIOCを納得させるものがなかったことだ。都民に関して言えばもっと慎重で大胆な根回しが必要であっただろうし、開催の意味合いについて言えば、時を知るというスタンスが皆無だった。
その意味では二都市開催という前例がないにしろ(サッカーのワールドカップ日韓共催だって前例はなかった)広島長崎両市が提案したように、「反原爆」など格好のスローガンだ。(その意味では今なぞ絶好の機会かもしれない)
築地の移転問題にしたところで、建前として建物の老朽化を云々しているが、その実狙いが築地跡地の再開発であることは火を見るより明らかなのに、それをビジョンとして提案できる力量がない。要するに掛け声だけの男なのだ。恐持てで「太陽の季節」とか「青嵐会」とかパフォーマンスの派手な湘南のお坊ちゃま。格好だけで、指導力も行動力もなく方法論も持たない俗物。もううんざり、というほかはない。

☆最近感動したこと、もの。

白川道の「冬の童話」。敢えてジャンル分けすれば純愛小説ということになるのだろう。ただ主人公が酸いも甘いもかみ分けた五十間近の男であることがみそだ。なあ~んも知らない若僧が主人公で、知らないから純でありノー天気に女のケツを追うのではなく、鬼の住処である出版会で一旗揚げ、なおかつその塵芥を彼女を知ることで純化し、再生の道をたどろうとする物語であるがゆえに男に涙させる。この人の小説、ちょっとかっこいい男や女が出すぎるきらいがあり、それが鼻につく面もないではないが、この物語に限って言えば、それはなし、というか気にならない。

☆最近のコマーシャル

書かずにおこうかと思ったが、敢えてやってしまう。
公共広告機構のそれだ。震災直後頻繁に登場した仁科明子さんからの苦情が聞こえたせいかどうか、最近もっぱらやっているのが「がんばれ日本」キャンペーンだ。「あなたは一人じゃない~~」「日本は~~」。事が事だけに否定する気はないが、ここを先途と「愛国教育」を企んでいる輩がいるのではないかと勘繰ってしまう胡散臭さが鼻につく。もっと素朴にいこうよ。

それにしてもだ。今回の震災ぐらい日本人に今のありようを考えさせたことはないように思う。知らないけれど敗戦以来じゃないだろうか。防災のことは勿論だがエネルギーのこと、環境のこと、そして何より私たち自身の生活様式について。あと何年生きられるか知らないが、やり残したことはたくさんある。
by fuutaro58 | 2011-04-25 08:21